ギター上達コラム

   第93回  何度もやり直す

 

最近「フジコ・ヘミング 永遠の今」という本を読む機会があった。今年49日に初版発行されている。お気に入りアンティーク・お宝カラー写真も多く掲載されていて、彼女の何気ない日常がイメージできて楽しい。内容は会話風で、大変読みやすかった。

そのなかに「「何度も何度も」という項目がある。いい演奏という意味において、参考になると思うので抜粋してみたい。

『私は自分が得意とする曲を、何度もやり直すことで、だんだんよくなってくるものだと思うの。私はこれまで何千回、何万回、どれだけ同じ曲を弾いてきたかわからないけど、弾いても、弾いても、満足したことは一度もなくて。こんなんでいいのかなって、いつも思いながら演奏会を終える。』

 

 フジコ・ヘミングは、高齢になってから世界的に有名になり「奇跡のピアニスト」と言われ、89歳の今も現役ピアニストとして世界で活躍している。

人生の苦難の受け止め方が柔軟で、彼女独特の解釈によるピアノ演奏の豊かさは群を抜いて他に追随を許さない。飾り気のない率直な言葉で語るその生き様は、90歳を超えても尚「かわいい」とさえ思う。

 

ヘミングの言葉にあるように、得意とする曲を何度も何度も直していき、「育てていく」という感覚は大事で、大いに共感するところである。ただ、考え方としては理解できても実際の行動としてやり抜くことは本当に難しい。それを生涯かけてやり続けているからこそ、彼女が弾く「カンパネルラ」は今も世界に燦然と輝いているのだろう。

 

大小を問わず曲の中には、技術的に難しいフレーズは必ず一つや二つはあるものだ。その部分がすっきりと流せるようになるまで「何度でも繰り返し練習」することは誰もが経験することだ。しかし、「得意とする曲を何度もやり直す」作業は、できそうでなかなかできない練習法である。

できれば新しい曲に進みたいし、弾けるようになった楽譜は次第に奥へ奥へと押しやられ、やがて記憶の中から消えてしまう。よくあるパターンである。だが、それではいかにももったいないと言うのだ。

 

「いい演奏をすることが一番」「天国に行っても、もっと弾いてうまくなるかなとも思っているわ」と言うヘミングの言葉に、少しの「りきみ」も感じられない。今よりもっといい演奏をするために、何度も何度もやり直していく練習の中に喜びを見出しているに違いない。昨日まで難しいと思っていた部分が一気に深い一息で弾き切れるようになったり、自分の想い描くイメージのように弾けるようになったり、毎回違う新しい感触が彼女の心を喜ばしているのだろう。

 

ピアノでもギターでも、音楽づくりにおいては譜面通りに弾けても何の感動もないし、誰かの真似では自分の満足は得られない。舞台に上がれば私は私でしかなく、これまでに磨いてきた自分の感性で勝負するしかないのだ。厳しいが、己の感性を磨く以外に、上達の道はないということだ。

 

「好き」が「一歩一歩」を可能にし、「一歩一歩」が「好き」を磨く。「出来るまで何度も何度もやり直し、それをやり続ける」その根気が、本気の「愛」に繋がっていく。諦めさえしなければ必ず願う頂きに届くと信じて、自らの一歩を踏みだしてみよう。

                                                      2022.06.03

                                                         吉本光男