ギター上達コラム

第62回「にもかかわらず」・・・美しい!

 

 演奏の上達を願うならば、それに伴う「技術」が必要なことは言うまでもない。けれども、納得の演奏を支える「技術」を手に入れるには気の遠くなるような長い歳月が必要である。プロのギタリストであればいざ知らず、アマチュアであれば、たった一人で歩くには厳しすぎる道である。JUGAの柱の一つとして「ギター上達コラム」を創設し、私自身の経験を含めてギターが上手く弾けるようになりたい愛好家の方々に役に立つであろう「心掛け」や「練習の在り方」について、私なりにできるだけ具体的に分かり易く紹介していることの一つひとつは、「にもかかわらず」頑張っている人たちへの応援歌のつもりだ。

 

「前向きに挑戦する」「くさらず一歩一歩」「諦めない心で」「継続の力を鍛える」等々、当たり前のことを当たり前にやり続けることの大事さについて、言葉を変え視点を変えて書き続けてきたように思う。もちろん、頭では分かっても実際に日々の実践に結び付けることは本当に難しいことだし、ましてやそれを継続していくことは、針の穴を通り抜けるほどに難しいことである。私自身、ギター独特の奏法である「トレモロ」の技術一つをとっても、自分が納得できるところまで高めようと未だに格闘している現実がある。思い描いたイメージの通りにいかないトレモロに何度頭を抱えたことだろう。「これだ!」と確信を持ったはずのトレモロに何度も「違う!」と跳ね返され、それでも諦め切れなくて練習を再開している自分が居た。何処まで行ってもその繰り返しである。

 

そんな私を今も突き動かしている熱い思いは、若い日に聴いたセゴビアの演奏に端を発していることは間違いない。「セゴビアのような、全身に鳥肌が立つような、あのような心に染み入る演奏がしたい!」若き日に抱いた激しい憧れは、私の中で決して消えることのない篝火となって今も胸の奥で燃え続けている。その光が、どんなに時間はかかっても「諦めきれない心」となって私を前へ前へと突き動かしていくのだ。その光のエネルギーは消えるどころか、ますます強くなるばかりである。

「諦めきれないのだ」「何としても届きたい頂きがあるのだから」「必ずいけると信じている」

 

困難さによって私の心が揺らぐことはない。だからと言って、演奏が飛躍的に上達することもまた決してないのだ。「焦らず」「くさらず」「諦めず」。どんな時も一歩一歩なのである。上達への道は厳しい。にもかかわらず、その道は、シンプルでいかにも美しい!一歩前へ。ただ、一歩前へと進むだけだ。

 

ギター愛好家の方々にとっては、取り組んでいる練習曲を披露することができる音楽広場「コージーコンサート」や「ティータイムコンサート」が定期的に開かれていることは意義深いことだ。大いに活用してもらいたい。ギターは持ち運びに便利で、とっかかり易い楽器であるが、習得するには多くの時間と根気を必要とする。それでも毎回、沢山のギター仲間が2つの音楽広場に集うというのは、演奏はもとより音色を楽しむ楽器としても特別の魅力があるからだろう。それぞれのコンサートが、今後も有意義な交流の場になっていくことを願っている。

                                              2019.11.01

                                                吉本光男