ギター上達コラム

     第96回「アルハンブラの思い出」

 

鳥肌が立つほどに「感動した」体験というものは、人生の歯車を前へと大きく廻転させる力を持っているのだとつくづく思い知らされる。

私がセゴビアの「アルハンブラの思い出」を初めて聴いたのは、まだ10代の頃であった。そのとき聴いたトレモロの衝撃的感動は色褪せることがない。求め続けて、今に至る。

 

粒立ちのそろった美しいトレモロに拘り、速さに集中した20代、30代、40代。粒立ちを揃えるよりもプルプルと震えるようなトレモロの連続性に拘った50代、60代。名曲「アルハンブラの思い出」を特色づける美しいトレモロ。セゴビアへの憧れが、ギターの魅力をどこまでも追究していくエネルギーの源であった。

今、私の願いは、「心に沁みるトレモロ!」というシンプルな想いに変わってきている。自然体で弾くトレモロと伴奏が低く高く絡まりながら立ち上がり、心に沁みてくる演奏ができればと切に願い日々の練習に向かっている。

 

先月、依頼されたコンサート久しぶりに「アルハンブラの思い出」を弾いた。

この日は、これまで検証し続けてきた「風に乗ってプルプル震える不揃いのトレモロたち」を強くイメージした演奏を気持ちよく披露することができた。

その日の夜、会場で聴いてくださった方から嬉しい感想が送られてきた。

『これまでに聴いたどの「アルハンブラの思い出」よりも心に響きました。何千回、何万回と叩いて見事に鍛えあげられた鋼で創った「明珍の火箸風鈴」。その澄んだ音色を思わせるような遠い響きのトレモロに心が震えました。躍動するトレモロとメロディーが混然一体となって響き合う吉本先生のアルハンブラを聴いていると、もはや、メロディーがトレモロであることをすっかり忘れてしまうほど引き込まれてしまい・・・』

 私自身も、何だかいい感じだと思いながら弾いていたので、この感想を読んだ時は非常に嬉しかった。「火箸・明珍風鈴」に関しては検索確認の必要があるが、特に心に残った感想を部分抜粋して記載した。自分でも、これまでの「アルハンブラの思い出」の演奏とは一線を画したものになったような気がしている。

 

 セゴビアの「トレモロ」を初めて聴いたときの感動が何十年も心に留まり、飽くなき追及のエネルギーとなってここまで私を牽引してきた。思えば50年以上もの歳月が流れたことになる。「感動する」という心の動きには、こんなにも凄まじい廻転の力が秘められているのかと思うと感慨深いものがある。

 

今後この感覚にさらに磨きをかけ、より良いものに仕上げていくつもりである。教室では生徒さん方に、「ギターの本当の楽しさは暗譜してから」と、曲を大切に育てることを提唱している。だが正確に伝えるなら「暗譜してからが味わい深く何十年も楽しめる」と言った方がよいのだろう。

 

「もうこの曲を1年も弾いています」と言っている生徒さんが、

「この曲を20年以上弾き続けています」「弾くほどに興味深くなってきます」

と、誇らしげに言ってくれる日が来ることを心から願っている。

                                                2022.09.02

                                                  吉本光男