上達コラム
第46回 今に集中
過日、とある練習会場で、帰り際に薬指をドアに挟まれた。あっという間の出来事であった。薬指は内出血でポンポンに腫れ上がり、痛みがかなり続いた。幸い、ドアノブと壁の間に数ミリの隙間があったおかげで骨折という大事には至らなかったが、ギタリストにとっては、かなりショックな事件である。ドアスットパーの不具合の為だった。時間内に部屋を出ることばかりに意識がいってしまい、ドアを開けた右手の指のことは全く頭になかったというのが事の顛末。まさか、ドアが閉まるまでそこに指が残っているなど思いもしないことであった。いつもは無意識のうちにやっていることでも、場所が違えばドアの閉まり具合も閉まるスピードも、全く違うのだということが意識にのぼらなかったのだ。スットパーが壊れていたということも原因の一つではあるが、今、自分がやっていることに全集中していなかったことによる事故だったといえる。
これまでにも、つい、うっかり「ヒヤリ」とさせられたことはいくつか経験している。食べた物を飲み込む時、思わず間違って気管支の方にいってしまったり、地下鉄の階段で段を踏み外して擦り傷を負ってしまったり・・・。それらは全て、今やっていることに集中していなかった為の事故といえる。今、自分が何をしているか、「明確に意識する」習慣をつける。そのことの大事さをつくづく思い知らされた事故であった。年齢のせいにしてやり過ごすのではなく、真剣に考えなければと思う。
さて、ギターである。
「今に集中」このことは、ギターの練習にも通じる話である。漫然と「~ながら練習」をしていても効果は上がらないということに繫がる。自分が今、どんな目的を持って練習をしているのかを意識しなければ、どれほど時間をかけても上達することはないということだ。「今は○○の練習をしている」と、具体的に○○に入る部分を意識して練習に臨むことが大事である。例えば、課題曲の暗譜をしているのであれば、全体を弾き流すのではなく部分的に小さなブロックに分けて何度も何度も繰り返し練習し、指が自然に滑らかに動くようになるまで体に覚えさせることに集中する必要がある。集中するということは、他のことを考えないようにするということ。だが、普通に練習しているだけでは、他の気になることが次々に浮かんできて、本来の練習目標を見失ってしまっているということになりがちだ。
「今に集中」する態度の習得は、生易しいことではない。それでも、練習の密度を上げ、技術を磨くためには必ず身につけたい習慣なのである。そして、このことは、全てに通じる生き方の問題でもあることに気づく。「怪我の功名」とはよくいったものだ。今回の怪我から、私は多くのことを学んだ。今に集中することで、自分に許されている時間も、場所も、可能性も、夢でさえも、「今」を輝かせることでしか繋がっていかないことに腹の底から気づかされた。有難い「今」の価値を見直すきっかけになったし、「今」を本気で、丁寧に生きることの真実の意味にも気づかされた。指を挟んだ時には、思わず「しまった!!」と、自分の軽率さを悔やんだものだが、今は、痛みの何十倍もの人生の宝を得た気持ちになっている。指はすっかり回復。後半の協会の活動に向けて意欲的に邁進できていることに感謝である。
2018.07.01
吉本光男