ギター上達コラム
第22回 上達への螺旋階段
皆さんもそうかもしれないが、私は「心地よい睡眠」に入るためのちょっとした儀式(決め事)がある。
寝る前には必ず、ラジオにタイマーをかけることである。私にとって、良い睡眠のためになくてはならないものだ。ラジオからかすかに流れてくる朗読の声や懐かしい音楽は、一日の疲れに興奮した脳を柔らかに鎮めてくれる。タイマー仕掛けなので時間が来ればひとりでに静かになるのも気に入っている。“し~~ん”とした音のない世界に吸い込まれた瞬間に心地よい眠りに落ちていく至福と、静寂に祝福された睡眠が、朝の訪れとともに新しい命を吹き込んでくれるようだ。
6月、新月も過ぎた半ば頃の話である。いつものようにラジオにタイマーをかけて枕元に置き、眠りの態勢についていた時のことだ。遠のく意識の向こうから「アルハンブラの思い出」のギター演奏が流れてきた。心に染み入るギターの音色。 ん?これは…セゴビアの演奏?
突然、寝ぼけた脳が意識を取り戻す。耳が、瞬間的に全神経を独占していた。それは、まぎれもなく私が半世紀以上も師と仰ぎ続けているセゴビアの演奏であった。儀式を彩る真夜中の幸運。まるで「神との蜜月」でもあるかのようなこの瞬間を私は心から楽しんだ。そして、演奏が終わったとき私は、思いもかけない大発見をすることになるのである。
この時期の私の願いは一つに絞られていた。『「アルハンブラの思い出」を極めたい!!』熱病にかかったようにトレモロを弾き続け、腕や肩を壊してしまっていた。失意の中、あきらめられない心で接骨院に通い続ける日々の中で遭遇した、夢の瞬間であったのだ。
大発見の中身を今すぐ言葉で表現することは難しい。だが、誤解を承知で言葉に表現するなら、『セゴビアの「アルハンブラの思い出」を聴いて、音楽に対する演奏姿勢に大いなる意識の変革が起きた。正確さは芸術には至らない』ということだ。これまで悩み続けていたことの一つ一つが一気に繋がり、腹の腑に落ちたということでもある。求め続ける思いが引き寄せる「不思議の力」について、確かに言えることがある。上達への螺旋階段を登る為に最も必要なものは思い続ける熱量である!! 今、ようやく肩や腕の痛みから解放され、練習を楽しめるようになってきた。二度と同じ轍を踏まないためにも、練習の合間に軽い運動やストレッチを取り入れることを肝に銘じている。現在、秋のコンサートに向けて今回の気づきを自分の演奏に生かし、実証していくことが最大の熱量になっている。人によって熱量の向かうところは違う。ただ、思い続けるものがあるだけで、人は十分に幸せになれる。今、あなたの熱量は、どこに向けられているだろう。
2016.07.01
吉本光男